11月14日 Before and After

イランの通貨が急落しています。
欧米の経済制裁で、世界中の銀行がイランの銀行と取引を停止してしまったせいです。
イランは本来石油と言う金のなる木を持っている非常に豊かな国なのですが、それをお金に変えることが出来なくなってしまったわけです。

当店にはイランからの留学生のお客さんがたくさんいらっしゃいましたが、今回の通貨急落の影響で、マニラでの生活や学費が維持できずに帰国された方が結構いらっしゃいます。

あるお客さんの話によると、イランの実家からの仕送りが通貨急落のせいで、ペソに両替するとここ数ヶ月で3分の1くらいに減ってしまったそうです。

その結果、一部の留学生たちは帰国。比較的裕福な学生さんたちも、イランの通貨以外のお金を稼ぐ必要性から、ビジネスをたちあげたり、就職をしたりと忙しくされています。

何度か当ブログでもエントリーさせていただいていますが、世界中の方がいらっしゃる当店ですが、その仲でもイラン人のお客さんは、とっても優しくて紳士的なことといったらまちがいなく世界一です。

いまのイランへの世界中からの経済制裁は、アメリカ軍需産業からの要請による嫌がらせといったらシンプルすぎるかもしれませんが、まあそんなところなワケで、それに振り回されてイキナリ財産が何分の一に縮小してしまったイラン国民はたまったもんじゃありません。なんというかやりきれませんが、事実として、世界は他人を踏みつけにしてしゃあしゃあとしている人で満ちているんですね。

昨夜、イラン人のお客さんとそんな話しをしていたときに、面白いことを教えてもらいました。「Googleで、iran before revolution と iran after revolution を画像検索してみて。面白いから。」

Before Revolution
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before rev2.jpg

before rev2.jpg


After Revolution

after rev1.jpg

after rev1.jpg

after rev1.jpg

Before Revolution のほうのは、普通に近代的な国の写真がたくさんでてきます。70年代のアメリカだと言われても「まあそうかな」という感じの写真です。

After Revolution のほうは、完全にイスラムの国の写真になってしまっていますね。政治指導者はヒゲ面に頭には布を巻いていて、女性は顔を隠しています。

これはイランの1979年のイスラム民主革命の前と後の画像なんですが、教科書やWikipediaに載っているイスラム民主革命のストーリーは「独裁者パフラヴィー皇帝の圧制に苦しむイランをイスラムの法学者ホメイニー師が解放した民衆革命」ということになっています。

しかし、当店のイラン人のお客さんの個人的な感想は、まったく違うものです。
「ホメイニーというなんだか誰も知らない人がパリからやってきて、カネをばらまき、豊かさと自由を約束した。彼の甘言に乗せられて革命は成功したけど、革命前は普通に豊かで楽しい自由な国だったのが、革命後は政教一致でイスラム教の教義を強制される、アラブの国になっちゃった。文明も国民の生活レベルも100年ぶんくらい後退したと思う。」

知ってました?
イランて、もともとイスラム教の国じゃあなかったんだそうです。
ペルシアなので、アラブの国でもありません。
パフラヴィー朝の皇帝は、宗教の自由、農地改革、森林国有化、国営企業の民営化、婦人参政権などの近代改革を推し進める、開明的な皇帝だったんです。

しかし、西側帝国主義の言うことを聞かないパフラヴィー朝は都合が悪いので、傀儡政権にすげ替えて石油会社の言うことを聞く国に改造したということなんですね。
posted by ワンサイド at 05:47 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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